• 不安定な状況をのりきる「紙一重の戦略」

    「地方は学校の先生も塾の先生も常識がアップデートされていなくて驚く」と、友人から聞いたことがあります。

    あくまで友人が言っていただけなので、すべてとは思っていませんが、「キャリアの逆算や今後の人生で資産になることを、学生時代に考えることは重要」と、言っていました。

    そういえば私は本や論文を読み、資格やスキル取得の勉強をしているが、それは学生時代からではなく、圧倒的に社会に出てからの話です。学生時代に周囲に友人のようなことを考えている人はいなかった。先生でさえも。

    今思うと、せめて大学院生の頃くらいは真面目に勉強すれば良かったと思う。

    このように小さな地方都市に住んでいると東京や大阪などの大都市と比べて勉強することへの意識が低く、大人になっても勉強し続けることへの評価が低いと思うことがあります。

    これは、環境による影響だと思っています。

    周囲に世界的な大企業があり、有名人が撮影していた、知り合いをたどっていくと成功した人につながるという場合、知らない間に自分の世界観が広がり、自分もそうなることができるという根拠のないリアリティのある確信が生まれ、行動しやすいのだろうと思います。若さは儚くも偉大です。

    要するに有能な人が多い環境に身を置くと自分への影響も良いということです。今回は前回のグロースマインドセットに関する論文から研究が進んだ新しい論文をピックアップしました。

    An Online Growth Mindset Intervention in a Sample of Rural Adolescent Girls
    田舎の若い少女へのオンライングロースマインドセットによる介入
    ※1 引用リンクは今回から記事の最後に載せます。

    グロースマインドセット、成長マインドセットともいいますが、私は基本的にグロースマインドセットと言うことにしています。なぜかというと、「成長」という言葉には、上昇志向とか、欲深いというイメージがあり、本質的に間違えて解釈する人がそれなりにいるからです。

    私が前回、グロースマインドセットの論文を読んで学んだことは、「失敗や変化に強くなる」という特徴です。粘り強さや適応という印象があります。「能力は変えられない」と考えて諦めてしまう固定マインドセットとの差は「変わる」と思うかどうかの紙一重です。

    また、「成長マインドセット」という本があって、全く違う意味で使われています。言葉は同じですが定義が異なるようなのでお気をつけください。象形文字である漢字を使い、ハイコンテクスト文化(※2)な日本や中国では考慮が必要だと感じることがあります。はい、話がそれました。本論に戻ります。

    教育格差の解消へ「マインドセット+インターネット」

    さて、グロースマインドセットをオンラインで行うことが出来るなら都市部と地方の教育格差の解消につながるのではないかと研究グループは期待しています。ついでに私も。

    実験は4つの学校から222名の参加者を対象として、グループをオンラインでグロースマインドセットプログラム(Project Growing Minds:以下PGM)を実施するグループと、グロースマインドセットと関係のないプログラムを実施するグループにランダムに分けました。

    調査したことは大きく言うとPGMがグロースマインドセットや、「学習動機」、「学習効力感」、「学校への帰属意識」に影響があるのかということです。

    学習効力感とは「授業で一番難しい課題でもきっとできる」というように、自分はやればできると思える感覚の事です。

    この学習効力感と学習動機は「学習態度」を意味しており、能力というより学習の継続性が高くなったのかを調べています。

    学校への帰属意識が高まることを調査したのは、グロースマインドセットを導入すると「優秀」への帰属意識が高くなり、「勉強なんてしなくてもいい」という現行の価値観への否定に繋がることを期待したようです。(※3)

    つまり、この研究は一過性の学習成績だけに焦点をあてているのではなく、教育格差があることを前提に、困難な状況であっても勉強を継続する環境づくりにグロースマインドセットが有効なのかを検証しています。

    結果は、PGMはグロースマインドセットの定着に効果があり、定着したグロースマインドセットは学習動機、学習効力感の両方に効果があるというものです。おめでとう。なお、学校への帰属意識には影響がありませんでした。

    見たい人のために図式化します。ここは読み飛ばしても問題ありません。

    PGMによる介入で「直接」効果があるのは「学習動機」だけです。「学習効力感」への効果はグロースマインドセットを媒介することで「間接」効果があるということを表しています。

    PGMは「勉強しよう」という動機を高めることには効果があるのですが、学習効力感への直接効果はありません。あくまで、グロースマインドセットを理解した人が学習効力感を上げ、学習成績を高めることができるということです。

    動機は「やってみよう」と思うことなので、それ自体は大切ですが、動機だけで継続性に欠けます。実際にやり続けることで効果は出るということを教えてくれます。なお、学校への帰属意識への効果は今回の研究では確認されていません。

    オンラインでもグロースマインドセットの定着に効果があり、学習態度をポジティブなものにすることができるという結果は重要なことです。教育格差解消への一手になる可能性があります。

    不安定で変化する状況の処方箋

    インターネットの本質はショートカットであり、均一化、画一化だと思いますので、ネットの特徴をうまく使えば格差解消に使える良い試みではないでしょうか。

    この論文を読み、私が学生時代に学ぶ習慣がそれほどなかったのに、社会人になってから学ぶようになった原因の一つはインターネットの発達によりインプットが大幅に増えたことが影響しているのかもしれないと思うようになりました。

    「世界にはこんな人がいる」と認識すると「やりたいならば、同じ人間、できないわけがない」と競争心が湧いてきました。環境が変わったということです。今でもそう思っています。

    グロースマインドセットが精神論や根性論と明らかに違うのは多くの研究者が科学で証明してくれたので、ポジティブな結果になる確率が高く、心の支えになるということ。

    この論文では地方の少女を対象に調査し、ポジティブな結果が出ていますが、困難な状況や不安定な状況ならば効果がある可能性が高いでしょう。

    今も大都市に住んでいるわけではないので、グロースマインドセットを前提に2人の姪に接していこうと固く誓いました。あと、私が講師をする時にも受講生にそうやって接していこうと軽く誓いました。

    変化するときには一回でうまくいくことの方が稀です。おそらく軽い失敗を何度も経験するでしょう。

    そんな時に「まぁそんなもんだ」と言い訳のような固定マインドセットを発揮するより、「なんでうまくいかなかったのか?」、「どうすればうまくいくのだろうか?」と、自分は出来ることを大前提として考えるのが、グロースマインドセット。

    不安定で変化の早い時代への処方箋として「努力で能力は伸ばせる」と、付箋に書いて手帳に貼っておきたいものです。まさに紙一重の戦略。

    PGM(Project Growing Minds)→ https://www.projectgrowingminds.com/

    ※最初に公開した後、論文を読み深め、この研究のより深い魅力に気付いたため内容を大幅に加筆しております。

    ※1:An Online Growth Mindset Intervention in a Sample of Rural Adolescent Girls
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28960257/

    ※2:文化人類学者のエドワード・T・ホール氏が提唱した概念。共有している情報が多いハイコンテクスト文化と、少ないローコンテクスト文化があり、ローコンテクスト文化だと言葉を使って具体的に明確に伝える必要がある。ハイコンテクスト文化だと「言わなくてもわかる」という「察する、空気を読む」に繋がりやすい。

    ※3:A culture of genius: how an organization’s lay theory shapes people’s cognition, affect, and behavior
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19826076/

  • 「やればできる」は科学的に有効なのか?

    私は納得しないとなかなか前に進むことができず、疑問にはまって理解が進まないということがよくあった。

    例えば中学生の頃、数学で方程式を学んだ時に「2x+4=8」という数式で「4を右に移項させたらプラスマイナスが逆になるので2x=8-4になって、計算するとxは2になる」と言われた。

    まだその頃は素直だった私は数学教師に「なんで逆になるのですか?」と質問すると、「そういうものだと覚えてやれ」だった。納得いかず、何度も食い下がったが、理解できるような解答は得られず、見かねた友人が間に入って終わった記憶がある。よく考えると素直ではなかったかもしれない。

    仕方がないので教科書をじっくり読んでみたが書いていない。あの頃Google先生はいなかった。

    答えが出ないので私なりに考えたのは「自分は数学に向いていない。才能がない。諦めよう」というものだった。そう、たった「等式の性質」を学べなかっただけで、私の能力への考え方は「固定」されてしまったように思う。

    そのまま残念な学生時代を送ってきたのだが、講師として指導するときに「やればできる」と言っている自分に多少違和感を持つようになった。

    昔、「やって出来ない自分」がいたのに、「やればできる」というのはやや違和感がある。ただ、合格する方法論は確立しているので、やればできるのはわかっている。

    方法論が正しいのは当然、大前提になるが、向き不向きというより、やらないから到達できない。「同じ人間。出来ないわけがない」と、松岡修造みたいだが、10周まわって正しいと思う。

    認知のゆがみの修正に時間はかかったが、現在の能力に対する考え方は「鍛えれば成長する」と思っている。

    そんなことを裏付ける今回の論文はLisa S Blackwell 博士, Kali H Trzesniewski博士, そして何より「グロースマインドセット(成長マインドセット)」で有名なCarol Sorich Dweck博士による論文

    「Implicit theories of intelligence predict achievement across an adolescent transition: a longitudinal study and an intervention」
    暗黙の知能理論が思春期の移行期における達成度を予測する:縦断的研究と介入策 

    能力への考え方の差が成績の差になる

    実験は2つあり、実験1は能力に対する考え方の差が成績の差になるか。実験2は、成績の低いグループに「自分の知能は鍛えられる」と指導すると、成績に影響を及ぼすのか実験した。

    実験1はNY市の中学校に通う373名を対象として能力に対する考え方を「固定されて変わらない」と考えるのか、「自分の能力は鍛えられる」と、考えるのかのグループに分け、中学一年生入学時から半年ごとにデータを合計4回とったところ、「固定されている」と、考えるグループの成績は横ばいか、やや下がったが、「自分の能力は鍛えられる」と考えたグループは上昇して、差がついた。

    研究グループは「自分の能力は鍛えられる」という信念が、学習目標や積極的な努力や戦略、無力感の低さと関連しており、モチベーションになる考え方(自分の能力は鍛えられると思うかどうか)が成績を左右すると言う。

    「自分の能力は鍛えられる」と考える中学生は、「自分の能力は固定されている」と考える中学生に比べて、学習目標をより強く肯定し、努力することが必要であり、達成に効果的であると考える傾向が強かった。

    その結果、学習目標とポジティブな努力の信念を持つ生徒は、挫折しそうな時に、失敗の可能性を能力不足のせいにする可能性が低く、無力感をより少なくする傾向があった。

    「自分の能力は固定されている」と考える学生に比べて、より多くの努力をしたり、戦略を変更したりすると答える可能性が高く、このような挑戦や困難に対する反応の違いがパフォーマンスにも大きな差となって表れたのではないかと言う。

    変化と失敗に強い考え方

    実験2では、実験1とは別に、成績があまり良くない中学一年生91名を「自分の能力は鍛えられる」と教えたグループと、教えなかったグループに分け、差が出るのかを調査した結果、その結果、教えたグループは成績が下げ止まり、教えなかったグループはそのまま低下したという。

    研究グループは、小学生のような失敗しにくい環境では差が出にくいが、中学生のような自意識が高まり、競争、比較、能力の自己評価が行われる環境では挫折が生じやすく、その時の能力に対する「考え方」がその後の成績に強い影響を与えているという。

    つまり、実験1では元々の考え方の差が成績にあらわれている可能性が考えられたが、実験2では介入(能力への考え方を教えること)で変化があらわれることを意味している。

    中学生の時期に「今はまだできないが、能力は鍛えられるし、やればできる」と信じられることが大切というのは非常に興味深い結論だった。

    振り返って、中学生の頃の自分は能力に対するマインドセットが固定的だったのかもしれない。小学生の頃には失敗と思う機会がそれほどなく、挫折しなかっただけなのかもしれない。

    漫画やゲームなどで、伝説の勇者とか、実は昔の王の子孫が主役のストーリーに慣れると「やっぱり特別な血筋や才能が必要」と無意識に刷り込まれるのではないかと勝手に推測している。

    現実は努力すれば能力はのびるし、やればできる。

    現代の発達心理学の研究ではスタンダードな考え方で、これをベースに数々の研究が進んでいる。考え方ひとつなのでやった方がよさそうだ。そういえば、この考え方のおかげで私も英語論文が読めている。

    努力など過程を褒めて伸ばすことの大切さは知られてきたが、次は「やればできる」という言葉が違和感なく当たり前になれば、世の中は一歩くらい前進するだろうと思う。

  • 不安に感じてもリスクはないかもしれない

    人が動かない原因の一つに恐れ、不安があります。リスクを恐れると行動を躊躇してしまうということです。

    例えば、山登りをやってみたいけどクマに遭遇したら怖いとか、遭難してしまったらどうしようという恐れは生命に対するリスクなので、躊躇する理由としては十分なのではないでしょうか。

    ではリスクがない。もしくは限りなく可能性が低い場合はどうでしょうか?

    山登りが熊本の山だったら、くまモンはいるかもしれませんが、クマはいません。九州はヒグマやツキノワグマの生息地域ではありません。また、GPSを持って、衛星携帯電話を持っていけば遭難のリスクは低くなるでしょう。対処法があります。

    リスクと言われているものが実はリスクではない、またはリスクが低いということがあります。

    というわけで、科学的に確認することはとても大事だね。ということを学んだ今回の論文は「ZHANG, X., LI, Y. & LIU, D. 2019. Effects of exercise on the quality of life in breast cancer patients: a systematic review of randomized controlled trials. Support Care Cancer, 27, 9-21.

    内容は乳がん患者さんのQOL(Quality of Life)に対するエクササイズ効果を確認するシステマティックレビューです。はい、ジャーナルクラブですね。担当は有永さんです。

    医者は「生きていればいい」と、考えがちですが、患者にとっては1つしかない命であり人生です。

    QOLを高めた方がいい人生になるのは当然ではないでしょうか。私は長期入院したことがあり、体力が著しく低下したので結構ハードなリハビリをやった経験があります。医者は無理をするなと言いましたが出来る範囲のチャレンジしなければ体力がつかないということくらい考える脳みそはありました。

    だからなのか、当初、乳がん患者の方がなぜ運動をリスクと捉えているのかわかりませんでした。

    そのため、論文に先立って乳がん患者の方に何が起こりやすいのか、何をおそれているのかをインターネットで調べると、運動をするとリンパ浮腫になるのではないかという不安があることがわかりました。
    参考にした亀田メディカルセンターのWebサイト

    論文の結果は乳がん患者に対し、運動は安全でかつ、QOLを効果的に改善するという結果です。その運動はウォーキングやサイクリングのような有酸素運動、ウェイトトレーニングやマシンなどを使ったレジスタンス運動(いわゆる筋トレ)その二つを組み合わせた複合運動の3種類を全て調べていました。

    自分もトレーニングは日常的に習慣化しているのでどんなトレーニングをしたのか大体想像ができるのですが、心拍数を結構上げるハードなものもありました。

    そして、誰かアドバイスや監督してくれる人がいた場合は脱落者が少なかったということで、習慣化を強化するためには他者のフィードバックが有効という心理学的に言われていることが確認されていて嬉しい気持ちになりました。

    これだけリスクを軽減し、安全性が確認されたとしても、「もしそうなったらどうする?」という不安を持つ人もいるでしょう。やりたくない人は別の「やらない理由」をつくりだします。

    熊本にクマはいないと言っても「くまモンがいるのにクマがいないわけがない!」と言われるかもしれませんが、科学的にリスクをみつめると「正体見たり枯れ尾花」ということになるかもしれません。

    なお、科学を信じないという方への対処法は知りません。

  • 願うと同時にやると効果が上がる1つのステップ

    多少話題になった「ザ・シークレット 」という本の中に「引き寄せの法則」なるものがあります。

    なんでも「考えるだけで願いが叶う」というドラえもんのような話です。信じる者は救われるという解釈をされている方もいらっしゃいます。

    他にもポジティブに物事を捉えるというポジティブシンキングというものがあります。幸せですね。

    さて、考えるだけで、ポジティブにとらえるだけで願いが叶うなら、今すぐ福島第一原発の放射能問題を解決してくれるはずなので私は信じていませんが、この考え方は結構人気があるそうです。

    これは何が問題なのかというと、過程がわからないわけです。過程がわからなければ検証できないので、ただの偶然なのか区別できません。

    例えば結婚したいと思った人が、良さそうな異性と知り合い、結婚するとします。これを「これは引き寄せの法則だ。やはり願えば叶う」というのは結果のみであり、ただの感想です。サンプル1です。少なくとも法則ではないと考えます。

    しかし、願いを叶えたい、目標を達成したいという気持ちは理解できます。痛いほど。

    では、どうすれば願いを叶える確率を少しでも高めることができるのでしょうか。

    というわけでもないのですが、文献や論文を探していたところ「メンタルコントラスティング(Mental Contrasting)」という言葉を見つけました。

    正確に言うと見つけた言葉はMCII(Mental Contrastingインプリメーションインテンション)なのですが、これはMCとII(実装意図:Implementation Intention)の複合で、IIに関しては以前のブログでも書いたので、MCの方を取り上げます。

    今回はニューヨーク大学の心理学者、Gabriele Oettingenaの論文「Self-regulation strategies improve self-discipline in adolescents:benefits of mental contrasting and implementation intentions」と著書の「Rethinking Positive Thinking: Inside the New Science of Motivation」を読みました。

    実験では、思春期の若い人を集め、メンタルコントラスティングを行ったグループと行わなかったグループで勉強量を比較したところ、行ったグループが60%も多く勉強したそうです。

    MCとは「目標」をイメージするだけではなく、そこに至るまでの現実的な「障害」を考えることで心の中に精神的対比を生み出すというものです。頭の中で目標達成をイメージするのは楽しいことですよね。それこそがゴールであり、欲する対象なのですから。しかし、そこでゴールイメージで終わると、脳は達成したという報酬が与えられてしまい、満足して終わり、行動に移りません。

    だから、現実的に考えられる「障害」をセットで考えることにより、現実との差を認識します。そして障害を排除すればゴールという報酬に近づくため、行動に差が出るのだろうといいます。邪魔者を消すということですね。

    私はこの「障害」を考える部分が気に入っています。

    この障害の部分は「面倒くさい」とか「時間が割けないかも」とか「疲れてできないかも」といったものです。ウォーキングしていたら交通事故に合うとか、勉強していたら停電して字が読めなくなるといったものではありません。

    障害を考えるということは現実的になるということです。もちろん全ての状況で当てはまるとは言えませんが、少なくとも「願いを考えるだけで願いが叶う」より、「願いを考えて障害を認識すれば願いが叶いやすくなる」の方が良いわけです。

    ミュージシャンのB’z も「ねがい」の歌中で「願いよ叶えいつの日か。そうなるように生きていけ」と仰っていますね。この論文を読んだ後だと「そうなるように生きていけ」に具体性が加わって味わい深い歌になりました。

    そういえば、ドラえもんですら、空を自由に飛びたかったらタケコプターが必要ということなので、考えるだけではやっぱり駄目ですね。

  • メンタルに好影響を与える日記の書き方

    手帳と日記の境目は何だろうかと考えたことがあります。

    手帳にはスケジュールやタスクなど、未来のことを書くでしょう。そのため、スマートフォンやタブレットなどの電子デバイスを用いてスケジュール管理をする人から「手帳はいらない」という話を聞きますが、当然だろうと思います。

    一方、日記にはその日あったこと、過去のことを書くでしょう。未来のことを日記に書くのは思い込みのようなプラシーボ効果はあるかもしれませんが、それは未来日記というより妄想日記です。

    私はスケジュール管理はスマートフォンに任せてしまい、過去の事は様々な切り口を手帳で記録します。

    それはさておき、スケジュールや目標管理のやり方というのは様々な本があり、知識があるので選択の余地がありますが、日記はどうだろうか?

    日記の書き方というのは私が知らないだけかもしれませんが、スケジュールや目標管理より、選択の余地が少ないように思えてきます。

    では日記を書く目的とは何かと考えると、その時の事実や感情や意志を残し、スッキリさせる、または後日見たときに参考にするというものではないでしょうか。未来のために過去を残すというと少し見栄えがいいかもしれません。

    というわけで、今回読んだ論文は自傷行為をする方に日記による介入を行ったという実験です。しかもRCT。

    Hooley, J. M., Fox, K. R., Wang, S. B., and Kwashie, A. N. D. (2018): ‘Novel online daily diary interventions for nonsuicidal self-injury: a randomized controlled trial’, BMC Psychiatry, 18 (1), 264.

    日記の書き方で自傷行為が減るのかという、本当にタイムリーな論文です。

    日記の書き方で被験者が3グループに分けられます。ASET群は自分をよい気分にしたこと、EW群は心にひっかかったこと、JNL群はその日起こった出来事を感情的なことは抜いて記述しました。

    結果は全てのグループで有意に効果があり、ASETはEWよりうつ病スコアが有意に低く、JNLとは有意差がないことが示されました。

    ただ、ひとつ考えなければならないのは、研究チームのメンバーが彼らに注意を払い、毎日の文章を読んでいるということです。この他者と繋がっている感覚は役立っているかもしれません。

    この論文は日記の書き方も示されており、実施する上で役に立ちます。日記はとにかく書きさえすれば、うつ症状の改善に効果があるというのは、スッキリさせる効果があるということでしょう。

    「何食べたい?」と聞いて、「何でもいい」と言われると困る人もいるでしょう。何でもいいは自由すぎるのです。

    そこで、日記に「よい気分になったこと」「心にひっかかったこと」「感情抜きの出来事」のどれでも良いので好きに書けばいいと言われると書けるのではないでしょうか。

    一番簡単なのは出来事を書くことだと思うので私はJNLの形式で記録し続けています。もちろん手書きです。

  • 自由意志は仕組みに勝てるのか?

    私が企業研修の最後に必ず話すことがあります。

    「セミナーを受講しても行動しないと何も変わりませんあなたの行動に期待しています」

    講師をはじめた頃から無意識的に行動の大切さを痛感しており、知っただけの人になって欲しくない。実際に何か一つでいいから試して欲しいという気持ちで最後に念押ししています。

    近年はやること1つを決めて紙に書くということをしています。書くことは重要です。こうしておくと次に会った際に実行した人の数が増えます。

    これを裏付ける論文はないものかと思っていたところに出会ったのが実装意図(Implementation Intention)という概念です。

    これに関してはアメリカの心理学者、Gollwitzer氏が有名です。
    Gollwitzer, P. M. (1999). Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54, 493-503.

    実装という言葉自体が重々しく、武器を装備するような印象がありますが、IT業界では常識的に使われている言葉のようで、「実際に使える状態にする」ということだそうです。やり方は簡単で何かの行動を条件と紐づけておくというもの。

    IF(条件)→THEN(行動)とするだけでよく、「if-then planning」とも言われます。

    論文を読むからには信頼性の高いものがいいと思い、RCT(無作為化比較試験)のものを探して見つかったのが今回読んだ論文。

    Making Self-Help More Helpful: A Randomized Controlled Trial of the Impact of Augmenting Self-Help Materials With Implementation Intentions on Promoting the Effective Self-Management of Anxiety Symptoms
    セルフヘルプをより有用なものにする。不安症状の効果的な自己管理を促進するための実施意向のあるセルフヘルプ教材の充実の影響に関する無作為化比較試験

    不安症状のある人に不安症状が軽減する小冊子に書いてあることを実行させるために「if-then planning」を使ったというものです。

    しかし、このセルフヘルプの小冊子「Feeling Less Worried. A Three-Step Plan to Help You Manage Your Anxiety」はわかりやすく使いやすいように設計されており、なぜそれが役に立つのかという明確な根拠を提供し、不安管理という課題を、参加者が自分のペースで取り組めるように、小さな具体的なステップに分けているそうです。8ページと短く、大変興味があります。

    実験の分析部分は私にはまだまだ難しく、ジャーナルクラブの主宰者である有永先生の解説により理解が深まりました。正直、こんな単純なことで大丈夫なのかと思いましたが、大丈夫なようです。というより、単純だから良いのかもしれません。

    そろそろまとめると、知識をつかえるものにするためには「状況や条件」を決めて「行動」と紐づけておけばよいということです。

    行動する状況を先に決めておくというのは、窮屈に感じかもしれませんが、有効な知識は使うタイミングが重要です。

    □ ネガティブになったら深呼吸をする

    □ 朝起きたらストレッチをする

    □ 雨予報が30%以上で傘を持っていく

    自由意志でその時その時に判断できればよいのですが、私は自由意志をそこまで信頼していません。というか、心理学の研究ではアメリカの生理学者Benjamin Libet氏による実験以降、自由意志の存在は劣勢です。

    「風邪をひかないよう気をつける」より、「寒気を感じたら葛根湯を飲む」で行こうと思います。

    今後、if-then planningは様々な場面で活躍してもらいます。

  • タスクを細分化しても実行できない人のために

    あれをやらなければ、これもやらなければと頭の中にタスクが常駐していると集中力とメンタルに悪影響を及ぼします。その状態を脱出するために、または忘れないために紙にタスクを書き出すやることリスト、いわゆるTo-Doリストというものを使っている人も多いのではないでしょうか。

    □ Aさんに○○の件で連絡する
    □ 領収書を清算する
    □ 新プロジェクトの提案

    こんな感じでしょうか。実は私はこのTo-Doリストというものが苦手です。

    タスクはそれだけではただの指示です。実行確率を高めるために色々と試してはみても、いつまでもスマホや手帳の中にタスクがある状態になりがちです。

    タスクが難しければ細分化するといいと何かの本で読んだ気がするので細分化したところ、やっていて面白くない作業になってしまいました。

    そんな私に一筋の光明となるべく新しい言葉を見つけました。「行動抵抗性(Behavioral Resistance)」です。

    今回、1月のジャーナルクラブで読んだ論文がそのテーマでした(私の担当ではありません)
    “Don’t Mind If I Do”: The Role of Behavioral Resistance in Self-Control’s Effects on Behavior

    ※ジャーナルクラブについてはコチラのリンクからごらんください

    概要(abstract)の最初に「最近の研究では、セルフコントロールが高い人は、努力的なコントロールをするのではなく、よりスマートで努力をしない戦略を採用することで、目標に向けた行動を行うのではないかと示唆されている。」とあります。

    「セルフコントロールは努力して我慢して積み重ねるものじゃないよ、スマートな戦略さ」ということでしょうか。日々、コンビニで何を食べるのか考えるのも面倒という、私のような人間にとって、楽して生きていこうかと考えるのは楽しいことです。

    面白そうで俄然やる気になりました。興味がないと英語論文読むのは疲れるので自分の興味を引くのは大事です。

    方法(method)のところで参加者の離脱数の多さが気になったり、結果で相関係数0.2で相関ありというのはどうなんだろうという疑問はありましたが、全部読みました。横断研究なので少しつかみどころがありません。

    結論は、セルフコントロール能力→行動の関係は証明されていません。
    「セルフコントロール能力が高いことと、行動は相関がない」そうです。

    そのかわり、行動抵抗性→行動の関係があります。
    「行動するためには行動抵抗性が低いと行動しやすい」そうです。

    そろそろまとめると、タスクは細分化すればいいわけではなく、タスクに対して「抵抗感」がないものにしてしまえばいいということです。

    タスクの大小ではなく、質に焦点を当てるっていうことです。

    例えば、私は誰かに電話をするというのは非常に苦手です。因みにかかってくるのは苦手ではありません。原因は謎です。

    タスクを細分化して、11時にスマホを手に取って、伝える内容を先にメモして、電話帳アプリから連絡先をタップするというのは、細分化したとしてもハードルが高いのです。

    □ Aさんに○○の件で連絡する

    このタスクを私としては

    □ Aさんに○○の件で連絡してほしいとメールで連絡する

    この方が行動抵抗性が低いので実行確率が高まり、達成に繋がりやすいということです。

    いやぁ面白い。

    ファーストオーサーであるMarleen Gillebaartさんの論文は新しいものが多いので他のも読んでいくことにします。